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伝承と伝統の民族文化遺産 |
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祭りだ!神輿だ! 祭り神輿 |
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第40回飯能まつり 平成22年11月 (毎年) |
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飯能まつりのハイライトの山車の引き合わせの明治30年の素盞鳴尊河原町山車と二丁目山車 |
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第40回飯能まつり。'10.11.07.(日曜)
神輿練り歩き。 12:10〜15:00.
飯能山車祭は明治初期の山車曳航が始まりで、飯能まつりの始まりは昭和46年(1971)。
9月の秋祭りが各所で行われていたが、
市民祭りとして、現在は11月の第一土曜・日曜に統一祭りなる。
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飯能まつりPOP |
11ヶ町が集まる飯能山車総覧 |
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飯能まつりは11ヶ町の山車が市内を練り歩く。
練り歩くときには花万灯、手古舞が先頭に着く。お囃子は大橋流神田囃子の系統と、
若狭流小田原囃子で、
いずれもおかめ、ひょっとこ、天狐、獅子、外道など、曲に合わせた踊りがつく。 |
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諏訪八幡神社の大通り会場神事 |
絹甚の見世に仮祭壇を設営 |
明治37年の有形文化財店蔵絹甚 |
諏訪八幡神社: 飯能市大字飯能字諏訪前263。
主祭神 武御名方命、誉田別命 他18柱。創祀は永正13年(1516)
秋祭りには、この神社に伝承されている獅子舞を奉納していたが現在は飯能祭で披露。
3頭立てのササラ獅子舞で天下泰平、国土安穏を祈る。 |
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4名の花笠が竹で拍子取る |
横笛に合わせて獅子が踊る |
獅子は太鼓叩き激しく舞う |
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本部前での獅子舞披露 |
体を左右に激しく振る |
天に吠える獅子頭 |
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諏訪八幡獅子舞の貝吹きと棒使い |
髭を描いての棒使い |
剣使いも迫力満点 |
諏訪八幡神社獅子舞。
構成は、花万灯、貝吹き(2名)、猿田彦、棒使い(2名)、花笠(4名)、はいおい(道化)、
一人立三匹獅子(3名)、笛(5〜6名)で行われる。
猿田彦は、左手に天狗が持つような羽団扇を持ち、
右手には仗旗の換わりに竹を組んだ先に御幣と麻を付けたものを持つ。
獅子の踊り手は、20才前後の青年3名。
はいおいは、面をかぶり、赤褌で男性器を模した棒を持ち滑稽に踊りながら獅子を囃す。
2人の子供の棒使いは、顔に髭を描き、約2mの棒を持ち、刀を差して、
2人の子供の貝吹きが法螺貝を鳴らすと棒使いが棒を打ち合う。
法螺貝を吹くのと棒使いが打ち合うのは魔を払うためという。 |
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広小路から前田青年会神輿 |
大通りを掻き分け |
東町交差点から北進 |
前田青年会神輿ー白木造り、胴に晒巻く、台座2尺4寸(73CM)
神輿パレード〜広小路〜東町交差点〜八幡神社。
八幡神社 所在地:飯能市八幡町十二番地六号。祭神:誉田別命。
文禄年間(1592〜1595)創建。原町・前田両町内会の鎮守として明治4年(1872)村社、
明治40年(1907)神明社を合祀。 |
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一丁目青年会の神輿 |
キュきゅうっと屋根が振れる |
東町交差点を南下する |
一丁目青年会ー担ぎ棒の上に台座乗せる背高神輿、台座2尺8寸(84CM)
神輿パレード〜広小路〜東町交差点〜久下稲荷神社。
久下稲荷神社 所在地:飯能市稲荷町一番三号。
祭神:宇迦之御魂神、火産霊命、河菜姫命、宇気母智命(久下稲荷大明神)
創建年不明。寛永13年(1636)再建。
現飯能市大字仲町・稲荷町の一部・久下の鎮守として村社に列し、明治41年(1908)四社を合祀。 |
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素盞鳴尊の河原町山車 |
競うように囃子奏でる |
山車総覧に集結する山車 |
山車巡行は高麗横町側と中央東側から出発して中央通りで11ヶ町山車総覧。(14時半〜)
飯能市。市内の7割が山野で中世より林業で栄えた。
江戸時代 - 江戸での相次ぐ火事により木材の需要が増え、
入間川や高麗川の水運により10日ほどで運ばれる飯能の材木は「西川材」と呼ばれ栄えた。
因みに飯能市の木は「杉」市の花は「ツツジ」市の鳥は「うぐいす」です。 |
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地名の由来。
奈良時代の霊亀2年(716年)、飯能周辺に1,799人の高句麗系渡来人が集められ、
高麗(こま)郡が置かれた」とあり、朝鮮語の「ハンナラ(大きな村)」からハンノウに。
また飯能の東の平地部を本拠としていた、武蔵七党の「丹党」(たんとう)に属する武士団の「判乃氏」の所領からとか。 |
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