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伝承と伝統の民族文化遺産 |
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祭りだ!神輿だ! 祭り神輿 |
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第33回八王子いちょう祭 御陵参道パレード 平成24年11月 (不定期) |
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今年最後の担ぎだと落合神輿を先頭に上壱町会と高宰睦万燈の参道口での連合パレード |
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第33回八王子いちょう祭 12.11.18.(日曜) 参道神輿パレード 14:00〜15:45
南浅川橋から甲州街道参道入り口までの 御陵参道を三基揃って二往復する。 |
第33回いちょう祭POP |
追分から高尾駅まで続く銀杏並木 |
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八王子市追分町から高尾駅入口まで、ほぼ4Kmにわたる甲州街道(国道20号)の両側に、約770本のいちょう並木が続く。
昭和2年(1927)の大正天皇の多摩御陵完成に伴い、昭和4年(1929)に道路改修された際に、宮内庁によって植えられた。
毎年約30万人の人出で賑わう祭りでクラシックカーのパレードが有名。 |
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南浅川橋へ高宰睦の万灯神輿が入り込む |
参道入口目指し先頭の高尾の落合神輿 |
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北浅川の上壱神戸町会は手造り神輿 |
早くも雄叫びの万灯神輿の高宰睦 |
御陵参道パレード参加神輿。
今回初めての企画で以下の三基が参加です。
高尾の落合神輿会(町内大工による昭和20年代の建造神輿)。
北浅川の上壱神戸町会(手造り神輿)。散田の高宰睦(万燈鉄骨神輿)台座3尺は(90cm)。 |
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激しい神輿揉みで外れた瓔珞を直す役員 |
真直ぐ納めろ!マダマダと落合町会の宮元 |
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渡御中も音頭取る異様に大きい大拍子木を振りかざす落合町会の宮元 |
高尾の落合神輿会の唐破風屋根の神輿は町内の大工による建造で、
鳥居や井垣そして神輿胴など白木造りで、昭和20年代に建造されたとか。 |
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近郊の同好会応援団に担がれる万灯神輿 |
高宰睦の万灯神輿は高宰神社宵宮でも担がれる |
高宰神社(たかさい) 八王子市散田町5-36。
廣園寺(八王子山田)から正保慶安年間(1644〜1652)に真覚寺(散田)の境内に移し祀られて、
地元の並木町を始め、千人町、散田町、めじろ台の4町会の氏神様になったが、
特に江戸時代には、千人同心の信仰が厚く、奉納した梵鐘は鋳物師加藤吉重の作である。
例大祭は8月中旬。毎年宮神輿渡御。 |
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多摩周辺の多くの同好会が担ぐ高宰睦の鉄骨造りの万燈神輿 |
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多摩御陵は大正天皇・貞明皇后陵を称する。その後の昭和天皇・香淳皇后陵は武蔵野陵と称される。
東京都八王子市長房町にある皇室墓地です。
御陵墓地の参道は国道参道入り口から500mの欅並木が続く。
南浅川にかかる南浅川橋は昭和2年建造の木橋から、
昭和11年(1936)に全長53.3m幅員21.4mの鉄筋コンクリート橋に架け替えられた。 |
南浅川橋の威厳のある欄干 |
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八王子千人同心は、甲斐武田家の滅亡後に徳川家康によって庇護された武田遺臣を中心に、
近在の地侍や豪農などで慶長5年(1600)に組織された。
平時は農耕に従事し、年貢も納める半士半農であった。
その任務は甲州口(武蔵・甲斐国境)の警備と治安維持であった。
寛政12年(1790)集団で北海道の胆振の勇払などに移住し、苫小牧市の基礎を作った。 |
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