歴史の浪漫街道  お江戸の神輿 江戸城の歴史と伝統を誇る小舟町八雲神社は前年順延で5年振りの渡御
伝承と伝統の民族文化遺産


祭りだ!神輿だ! お江戸の神輿


    小舟町八雲神社大祭 平成22年 9月 (4年毎を順延だが次回H26年)

神輿データ:祭神: 建速須佐男命 台座:3尺5寸(107) 建造年度:昭和10年 製作者:行徳・
・後藤直光 特記: 鳳凰の目にプラチナを使用し延軒屋根・勾欄造りの四方桟唐戸の重厚な神輿。
 

多くの応援担ぎ手に囲まれての渡御。'10.09.18.
鳳凰の目のプラチナが進路睨み重厚に黒光する大神輿が5年振りに悠然と渡御

燃える赤に祇園守紋。'10.09.18. 総葦簾張りの見事な御旅所。'10.09.18. 祭神建速須佐男命の引き太鼓。'10.09.18.   小舟町八雲神社
   天王祭
'10.09.18.(土曜)
小舟町渡御
  13時〜18時半
御旅所:
中央区日本橋
  小舟町14
  堀留公園内
祇園守紋POP 総葦簾張りの本格的な御旅所 祭神建速須佐男命の引き太鼓

小舟町八雲神社は、神田明神の境内にある摂社の一つです。 往古には牛頭天王社と称し祇園三社(江戸神社=一之宮 大伝馬町八雲神社=二之宮 小舟町八雲神社=三之宮) の一つで大宝二年(702)の鎮座と伝えられる地主神です。 江戸城吹上御苑に鎮座していたが元和年間に江戸城修築の折、 神田明神とともに現在地(湯島)に遷座し明治維新のときに八雲神社と改称された。 祇園三社の祭礼は当時有力な町方の持ちとして仕切られていました。

この祭礼を小舟町が施行するようになったのは、 1600年代後半に小伝馬上町より引き継いで小舟町内に宮元を定め御旅所を奉納したことに始まる。 現在、小舟町八雲神社祭礼は四年に一度執り行なわれ、御本社大神輿が渡御する。 なお前日の「神幸祭」は台車にて氏子区域を引き回しする。
 

御旅所で四神の御披露。'10.09.18. 四神の玄武と白虎。'10.09.18. 四神の朱雀と青竜。'10.09.18.
葦簾張り御旅所で四神の御披露 北の玄武(亀と蛇)と西の白虎 南の朱雀(朱鳥)と東の青竜

江戸の守り神・四神。  慶長8年(1603)徳川家康が江戸に幕府を設立して以来、徳川家康のブレーンだった天台宗の天海僧正 (会津生まれ江戸幕府宗教行政の中心人物)が、 風水の原理を利用し、江戸が霊的に守られるよう江戸の守り神とした。 北の守り神とされる「玄武」(亀と蛇の合体) 西の守り神 「白虎」 南の守り神 「朱雀」 東の守り神 「青龍」、 の四神は、中国で古代に信じられた四種の空想的動物でもある。 お江戸の神輿には、この四神が吹き返しや台座などに彫金等で多様されている。  

囃子の山車が先導する。'10.09.18. 大きな蕨手と大鳥。'10.09.18. 担ぎは簡単には参加できない。'10.09.18.
賑やかに柳囃子の山車 蕨手と大鳥の大きさに圧倒 担ぎ手達の誉れの担ぎ

日本橋小舟町の区域内を渡御です。 昼の渡御は13時〜16時)(照明照らして宵渡御は17時〜20時) 御旅所から渡御道路上に移動しての担出しです。じっと昭和10年の引き太鼓の建速須佐男命が見送っている。 前回は新型インフルエンザの流行や景気悪化などの影響で延期で5年振り渡御。本来は4年毎。 よって次回は3年後を予定とか。  

町屋がオフィスとなり土休で人出なし。'10.09.18. ギャラリー居なくとも担げる喜び。'10.09.18.
オフィス街の氏子区域を隈なく渡御 御神酒所前で小休止の木が入る

小舟町の由来: 慶長8年(1603)の町割のときは下舟町といいましたが、 享保5年(1720)に西側の大船町に対して小舟町(こぶなちょう)と名付けられた。 町の西には西堀留川が流れていて、この東岸の河岸を小舟河岸と呼んでいた。  


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