歴史の 浪漫街道  日本各地の神輿。大磯中丸八坂神社の赤い桶型提灯を吊して炎天下でのどっこい担ぎ
伝承と伝統の民族文化遺産


祭りだ!神輿だ!日本各地の神輿


    大磯中丸八坂神社 平成23年7月 (毎年)

背中にドッコイ、そ〜りゃ〜を聞く大磯中丸の六地蔵。'11.07.03.
狭い旧東海道の大磯宿中丸のおらが村の八坂さまの夏祭り渡御を六地蔵が背後に感じている

東海道大磯一里塚があったと思われる中丸会館近くにこの墓地があり、そこに六地蔵が佇む。 東海道分間延絵図に描かれた六地蔵と同じ場所だが、 当時の地蔵とは思えぬが、説明など何の表記もない。 風化により近年再建されたのかも。  

寂れてしまった八坂の社。'11.07.03. yasaka-mai.jpg(11226 byte) yasaka-sinji.jpg(12742 byte)
八坂神社の祠がひっそり佇む 旧道にて宮神輿に巫女の舞奉納 旧東海道の中丸会館前での神事

大磯中丸八坂神社例大祭。
日時: '11.07.03.(日曜)   神事9時から 巫女の舞、
  二天棒での渡御は9時半から、  四天棒での渡御は夕刻から。
会場: 旧東海道の中丸会館  大磯町国府本郷785.
  JR大磯駅から中丸バス停下車北の旧道へ徒歩5分。
中丸会館並びの湘南農協の北東の住宅地にひっそりと八坂神社の祠が建つ。
 

中丸八坂神社は天保時代の神輿と言われる。'11.07.03. yasaka-miya.jpg(12077 byte)   湘南どっこい神輿の特徴。
屋根は通常唐破風で駒札なし、中丸は珍しく吹き返し付き。野筋が蕨手まで続く。 飾紐に大鈴、胴は四方扉形式。赤の桶型提灯。箪笥の台座。
担ぎ方は二天棒の内側に入りドッコイどっこいとゆったりテンポで担ぎ、 甚句には「よいよい」と合いの手。
天保時代の台座は4.65尺 二天棒の内側に肩入れる

中丸八坂神社の宮神輿は平屋台、四方扉、天保時代の神輿だとか、 ドッコイ担ぎの台座は4.65尺 (140CM)周辺では一番大型の神輿。 珍しく夕刻よりの宵宮では担ぎ棒を四天棒にして担ぐが、 この狭い旧東海道を多くの担ぎ手がトコロテンで交代していくのでしょうか。  

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中丸会館から旧道城山方向へ 祠への狭い入口で方向転換 湘南農協三叉路で折り返し渡御

狭い旧道での方向転換は、後方の担ぎ手が指揮者の指示で、担ぎ棒の内側でそのまま後ろ向きに肩を入れ替え、 神輿を後方へと戻しながら回転させる。  

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担ぎ手たちの熱気と高揚 ドッコイどっこい前へ前へ 炎天下の中を渡御していく

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熱風を吹き飛ばすドッコイどっこいと拡声器が鼓舞 東海道松並木で輿長からやっと担ぎ止めの指示

ドッコイどっこい途切れず「どっこい、そ〜りゃ〜」'11.07.03.
松並木の休息所は近いぞ!拡声器からは「どっこい、そ〜りゃ〜」!担ぎ手を鼓舞し続けて炎天下の渡御

中丸南側の東海道海岸沿いは大磯ロングビーチのプリンスホテルで開業は昭和39年(1964)。 同時に明治18年(1885)開業の大磯海水浴場では(JR大磯駅から徒歩10分)同好会神輿二基の海中渡御が行われる。  

大磯の地名の由来:  高句麗とは、現在の北朝鮮から中国東北部 (満州)に建国され約1千年存続した古代朝鮮の強国であったが、 唐と新羅の連合軍に滅ぼされ、大量の移民が地理的に近い古代日本に亡命した。 オイソ (いらっしゃい)という言葉が、 大磯 (おおいそ)というこの韓国朝鮮語のオイソが現地化した地名であり、周辺の高麗(こま)山や高来(たかく) 神社の名称も彼らに由来している。  

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