歴史の 浪漫街道  孤高の時計塔  街角の時計塔 恵比寿ガーデンプレイスのエビスアワーのからくり時計。
孤高の時計塔


からくり時計塔 


    恵比寿ガーデンプレイス(エビスアワー)のからくり時計

赤煉瓦の恵比寿ビヤステーション。09.12.20. ガーデンプレイス入口のエントランスパビリオン。09.12.20.   恵比寿ガーデンプレイスの エントランスパビリオン(エビスアワー)のからくり時計。 恵比寿スカイウオークを出ると最初に出会うのがエビスアワーです。
東京都渋谷区
   恵比寿4丁目20。
恵比寿ガーデンプレス内のビヤステーション からくり時計のエビスアワー

からくり時計のパレードが始まる。09.12.20. 扉が開くと一気に明るくなる。09.12.20. 人形達が隊列組んでの行進。09.12.02.
音楽が鳴り照明が灯る 華やかに扉が開く パレードの先頭が顔を出す

エントランスパビリオンのからくり時計。(エビスアワー) セイコー1994製。
恵比寿ガーデンプレイスにある、縦4.2メートル、横4.55メートルの巨大なからくり時計で、 毎日12時、15時、18時にオクトーバーフェスト(ドイツミュンヘンで行われる世界最大のビール祭り)パレードが、 7体の表情豊かな人形と2頭の馬が隊列を組みメロディにのって音楽奏で時を告げるからくり時計です。
 

音楽に合わせ馬車も進む。09.12.20. 時計広場の観衆も釘付け。09.12.20. 演奏5分もあっという間。09.12.20.
馬車が賑やかに進む 賑やかに人形達が二周する 約5分間のパレードです

オクトーバーフェストパレードが初めて行われたのは1835年。 バイエルン王(首都ミュンヘン)のルートヴィッヒ一世と妻テレーゼの銀婚式を記念してのことでした。 1950年以来毎年行われるようになり、今ではオクトーバーフェストのハイライト。 この大々的なパレードは、毎年オクトーバーフェスト2日目の日曜日、朝10時にスタートします。 ミュンヘンの旧市街に7Kmにわたるルートが作られ、沿道には開始前から大勢の人。 華やかな行列がやってくるのをワクワクしながら待っています。 パレードの参加者は合計約8,000人という大規模なもの。吹奏楽隊、射撃クラブ、ファンファーレ隊、 中世の風変わりな踊りを披露するグループなどな、伝統文化を今も大切に保存する団体が、 工夫を凝らした衣装や演出を見せてくれます。 参加者はバイエルン州の団体が主ですが、その他の州や、 スイス、イタリア、オーストリアなどの外国から来ているグループもいます。

ドイツ全国には1,274のビール醸造所があり(2005年現在)、各醸造所が数種類のビールを製造しているので、 その数は全部で5,000にもなるわけです。 毎日違うビールを1種類ずつ飲み続けても、全部制覇するには13年以上かかるとか……
 

恵比寿スカイウオークとエントランスパビリオン(エビスアワー)との間の道路が、 JR山手線を跨ぐ鉄製のアメリカ橋。(恵比寿南橋)
100年を経て赤錆びたプレートには「AMERICAN-BRIDGE-COM」OF-NEW-YORKの刻印が判読できる。
  赤煉瓦壁にアメリカ橋のプレートと橋の住所表示。09.12.20. プレートの赤錆びは100年の歴史背負ってか。09.12.20.
JR山手線跨ぐアメリカ橋のプレート プレートにはUSA1906の刻印

アメリカ橋。(恵比寿南橋)
アメリカセントルイスで1904年に開催されたセントルイス万国博覧会に展示されていたものを明治38年(1906)に当時の鉄道作業局 (日本国有鉄道・東日本旅客鉄道の前身) が買い取って鉄製の橋のモデル橋としてJR山の手線に架設した橋です。 当時の活力が読み取れます。昭和45年(1970)に改築されている。
 

恵比寿。
明治20年(1887) 日本麦酒醸造会社(サッポロビールの前身)が設立される。
明治22年(1889) 東京府荏原郡三田村に醸造工場を建設。 3年後にヱビスビールを販売する。
  当初は「大黒天」を予定、横浜に「大黒ビール」が存在したために「えびす」(恵比寿) を採用した。
明治34年(1901) 恵比寿ビール専用出荷駅 「恵比寿停車場」(現在のJR山手線恵比寿)が
  開設され、後に周辺の地名も「恵比寿」となった。
明治39年(1906) 札幌(サッポロ)、日本(エビス)、大阪麦酒(アサヒ)の3社を合併し、シェア7割を
  誇る大日本麦酒株式会社が発足、麒麟麦酒との二大ビール企業時代となる。
昭和24年(1949) 大日本麦酒は日本麦酒(サッポロ)と朝日麦酒(アサヒ)の2社に分割。
昭和38年(1963) 寿屋がサントリービールで参入。社名も「寿屋」からサントリー株式会社へ変更。
昭和60年(1985) 明治のレンガ造りの倉庫を再生利用し、山手線脇に電気機関車EF58ブルートレ
  イン塗装、客車3両も同じ青色に3本の金帯が巻かれた「ビヤステーション恵比寿」がオープン。
昭和63年(1988) 渋谷区と目黒区にまたがる恵比寿工場が工場移転に伴い閉鎖される。
平成6年 (1995) 恵比寿ガーデン竣工。都心の工場の閉鎖跡地約83ヘクタールの再開発の複合
  施設で、サッポロビール本社、三越デパート、映画館、ホテル、マンションなどが並ぶ。
  約2千人が住むことから、複合都市と称され、東京都における都市開発の代表的存在であり、国
  土交通省の都市景観100選を受賞している。
 

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