万世橋駅舎は、東京駅と同様に辰野金吾が設計した。
1等2等待合室・食堂・バー・会議室等を備える豪華な赤煉瓦造りであった。
それは中央本線の始発駅であったこと、ここから両国駅方面への総武線を通す計画があったことによる。
なお万世橋駅の開業によって御茶ノ水と隣接していた昌平橋駅は役目を終えて廃止された。
赤煉瓦造りの万世橋駅舎と高架ホームのその後。
大正8年(1919)
万世橋〜東京が開通し中央本線の始発駅としての役目は終わり、同時に神田駅が開業。
大正12年(1923)
関東大震災により万世橋駅舎は焼失し、赤煉瓦造りに変わり簡素な駅舎が再建された。
昭和11年(1936)
東京駅から鉄道交通博物館が移転されて、結果万世橋駅舎は解体縮小された。
昭和18年(1943)
駅舎業務が休止(実質上廃止)され、駅舎は取り壊された。
平成18年5月
楽しまれていた交通博物館も閉館して埼玉交通博物館に移り、赤煉瓦の高架のみ残る。 |
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