歴史の浪漫街道 イチョウの名木達 横浜のイチョウ並木と天高き秋空に黄葉して凛として立つ千葉の銀杏の名木
古木名木達の歴史的遺産


近郊のイチョウ並木・イチョウの名木達


  ityou-8-.jpg(1207 byte)   横浜日本大通り

寒空の中で日本大通りを写生する方も散見される。07.11.20. 黄葉し始めた日本大通り。07.11.20. 県庁前歩道のイチョウ並木。07.11.20.
取材時は薄曇で空っ風一番のイチョウ並木 色ずき始めた日本大通り 神奈川県庁前のイチョウ並木

横浜日本大通り:  明治4年(1872)御雇英国人ブラントン(全国に灯台設置と横浜外国人居留地の造成)の設計により、 海岸から新設の公園(現在の横浜公園)まで通すように工事が進められ、 幅36m、長さ400m(中央車道18m、歩道及び植樹地帯を左右各9m) からなる近代的な道路として誕生したのが日本大通りです。 広々とした通りの左右には、重厚な官公庁が建ち並び、 明治12年には町名にも採用され現在に至っているのです。
現在のイチョウ並木は関東大震災の復興整備によって植樹帯に植栽されたイチョウです。
 

横浜公園: 横浜開港直後に形成された港崎町(みよざきちょう)遊郭が慶応2年(1866)に豚屋火事で焼けた後、 外国人の要求に従い、横浜市街地を造ったブラントンの設計により、 明治9年(1876)に造られた面積6万平方メートルの洋式公園です。 横浜では山手公園に次いで2番目に古い公園。 公園内の平和球場を昭和53年に改築された横浜スタジアムと春のチューリップが有名です。  

  ityou-8-.jpg(1207 byte)   山下公園通り

黄葉の山下公園通り。07.11.20. ポーリン橋からみなちみらいの高層ビルを望む。07.11.20. 車道を包み込む黄葉のイチョウ並木。07.11.20.
やっと黄葉の山下公園通り みなとみらいの高層ビル群が見え隠れ 山下公園通りを包む黄葉のイチョウ

山下公園通り:  開港広場から中村川にかかる山下橋までの山下公園添いの198本の銀杏並木の道で日本の道100選に選ばれている。 横浜市中区山下町。

山下公園: 関東大震災の復興事業のひとつとして瓦礫を埋め立てて造成され 日本で最初の臨海公園として昭和5年(1930)に開園した。 本格的臨海公園で、楕円のバルコニーとボート乗降用の階段、 船溜まりなど臨海公園の名に恥じない設備を有し、親水公園・ ウォーターフロント整備の先駆的存在となっている。
公園は海岸に沿って774メートルあり幅は約50メートルあります。
 

横浜マリンタワーと氷川丸: 
横浜港開港100周年記念行事として昭和36年(1961)に完成した高さ106mの世界一高い灯台。 運営会社の氷川丸マリンタワー鰍ヘ入場者減で2006年12月横浜港に係留の日本郵船貨客船の氷川丸と共に残念ながら現在休業。
横浜市中区山下町15。 撮影・07.11.20.
  休業中のマリンタワーが頭を出す。07.11.20. ポーリン橋から望めば雄大です。07.11.20.
メルパルク横浜奥にマリンタワーが 公園通りに架かるポーリン橋から

追記('08.04.16.) 氷川丸は約10億円かけアールデコ様式の内装や調度品で彩られた 一等社交室など往年の優雅さを甦らせる1年間の改修工事が終了して、 4月25日(氷川丸78回目の誕生日)から一般公開される。

追記('09.05.23.)  横浜市では、開港100周年の記念事業として1961年に建設されたタワー 「横浜マリンタワー」を、開港150周年に向け、魅力ある施設としてリニューアルし、 2年半振り5月23日にグランドオープンした。
横浜市と民間の予算をあわせて総事業費約39億円をかけて改修し、 塔体部の外側を光沢を押さえた銀色、内側を茶色みがかった緑色「ブラウンオリーブ」に塗り替えた。 2階には、横浜の歴史を映像、写真、絵画で紹介する「イメージオブ横浜」と、 ヨコハマ・グッズ横浜001を販売する「001ショップ」、3階には多目的ホールなどがあるほか、 4階には地元の食材を使ったレストラン「タワー レストラン ヨコハマ」が入店での再開です。

  ityou-8-.jpg(1207 byte)   横浜南仲通り

黄葉にはまだまだの横浜南仲通り。07.11.20.   横浜南仲通りのイチョウ並木は今だ色ずきもせず青きイチョウ並木のままです。 山下公園通りのイチョウ並木はもう黄葉だというのに。
撮影・07.11.20.
中区の中心部を北西から南東にかけて貫く本町通りに面した一帯は、中区でもっとも古い市街地である。 幕府がこの道を造成し始めたのは安政6(1859)年初頭のことで、 この時北仲通り・弁天通り・南仲通り・本町通り・海岸通りの五つの道が作られ、 これらの道に沿って市街地が形成されていったのです。


  ityou-8-.jpg(1207 byte)   千葉市 千葉寺

隋身門から望む大イチョウ。07.12.06. 側面から見れば内枝はいまだ萌黄色。07.12.06. 乳状下垂と地表を覆う根に樹齢を感じる。07.12.06.
隋身門から社殿前の大銀杏を望む 大師堂から見れば内枝はいまだ萌黄色 多数の乳状下垂と地表を覆う根

樹形が見事な大イチョウ。07.12.06.   正面から見るこの大イチョウは美形ですが、乳状下垂を地上3mの枝に多数抱えた大銀杏で樹高は30m、 年輪重ね刻まれた幹は幹囲 8m、樹齢は1000年余りという大イチョウです。 地表を覆うように張り詰めた根元も樹齢を感じます。 このイチョウは鎌倉の鶴岡八幡宮の大銀杏よりも大きいと言われており 県の天然記念物に指定されている。千葉市中央区千葉寺町161。 撮影・07.12.06.  

寺伝によれば和銅2年(709)この地を訪れた行基が十一面観音を安置したのに始まり、 聖武天皇の命により千葉寺と称したという。永暦元年(1160)に堂宇を焼失している。 千葉氏の居城である千葉城(猪鼻城)に近いことから千葉氏の祈願所となった。
神仏合体の名残なのか仁王門、鐘楼は文政11年(1828)の建築が現存する。
 

  ityou-8-.jpg(1207 byte)   市川市 葛飾八幡宮

社殿を押し分けるような黄金色の大イチョウ。07.12.06. 側面から見るヒコバエ。07.12.06. 背面から見るヒコバエ。07.12.06.
こぼれ出んばかりの黄金色の大イチョウ 主幹を支えるこの生命力 このヒコバエに感嘆です

黄金色に燃える大イチョウ。07.12.06.   葛飾八幡宮の千本公孫樹。 落雷で主幹は途中から折れてはいるがヒコバエが成長して、 まるで無数の銀杏が集まったように見えることから千本公孫樹と呼ばれている。 樹勢豊かなこの老木は国の特別天然記念物で幹周は10.8m、樹高は22m、推定樹齢は1200年です。 江戸名所図絵にはすでに名木として画かれている。
千葉県市川市八幡四丁目2番1号。 撮影・07.12.06.
 

寛平年間(889〜898年)に宇多天皇の勅命により石清水八幡宮を勧請して建立されたと伝えられている。 下総の国を守護する総鎮守として崇敬され、 武神であることから平将門、源頼朝、太田道灌、徳川家康など東国武士の信仰を集めた。
鐘楼や随神門(仁王門跡地に建立)を備え、 また寛政5年(1793年)大風で倒れ社殿西側にあったケヤキの根元から 掘り出された県指定文化財の梵鐘は元亨元年(1321)鋳造で現存する。
 


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