歴史の浪漫街道 イチョウの名木達  大銀杏を包むように鬱蒼と生い茂る森厳寺と住宅地のど真ん中の円泉寺
古木名木達の歴史的遺産


イチョウの名木達


  ityou-8-.jpg(1207 byte)   世田谷 森厳寺

樹木がこぼれ出んばかりの森厳寺。08.11.22.   世田谷代沢 森厳寺(しんげんじ) せたがや百景のひとつ。
山門左脇の大イチョウ、そして塀沿いに連なる三本の高木の銀杏は皆雌株です。 森厳寺全体がまるで銀杏林の様です。
本当の森厳寺大銀杏は境内中央の一対のイチョウですが、 境内を包むように周辺のイチョウや樹木が生い茂り外部からは見ることができません。  撮影:08.11.22.
東京都世田谷区代沢3-27-1。
境内一杯に鬱蒼と生い茂る大銀杏

山門を潜り参道を進むと境内の中央に悠然と立つ(淡島神社と森厳寺本殿の中間の幼稚園前) 境内を埋め尽くすような一対の大イチョウ。樹齢は400年ともいわれ幹周りは6.3Mです。 また対の社務所脇は4Mで共に雄株です。
決して狭くない境内ですが、樹形全体を撮影できないほどの大イチョウです。
  400年の古木でも樹勢は旺盛。08.11.22. 樹齢感じさせる400年の古木。08.11.22.
境内中央の400年の大銀杏は樹勢も旺盛 潜り込んで見る400年大銀杏の太い幹

400年大銀杏と手前の社務所脇の銀杏。08.11.22. 境内中央の幼稚園前の400年の大銀杏。08.11.22. 400年大銀杏は太陽の光をも遮る。08.11.22.
400年大銀杏と社務所の銀杏が境内を覆う 悠然とそびえる樹齢400年の大イチョウ 逆行のなかで望む一対の400年大銀杏

森厳寺は江戸時代初期の建立。本殿が荘厳なたたずまいを見せている。
慶長13年(1608年)、家康の次男秀康の位牌所として建立された寺。 境内には江戸時代後期に盛んだった富士講のために作られた富士塚があるほか、 灸と針供養で有名な淡島神社がある。当時は富士講と灸で有名な寺として、参詣する人が多く、 周辺はかなりのにぎわいを見せていたといわれる。
現在も山門に「粟嶋の灸 八幡山森厳寺」を掲げて、月に6回灸治が行われている。
 


  ityou-8-.jpg(1207 byte)   太子堂 円泉寺

円泉寺境内で単独で悠然と佇むイチョウ。08.11.22.   世田谷太子堂 円泉寺(えんせんじ)
円泉寺の大イチョウは周辺が区画整理されず入り組んだ路地が多くあるその住宅地のど真ん中に佇む。 太子堂とは聖徳太子を祭ったお堂のことで、地名の太子堂は境内の太子堂に因む。 撮影:08.11.22.
東京都世田谷区太子堂3-30-8。
本殿手前で悠然と佇む

幹周り約3Mぐらいでしょう。雌株なのです。 境内の周辺には大けやきの並木があるが、 肥沃でもない境内にただ一本の樹木が佇んでいるのがこの大銀杏です。
ただ一人天空を独り占めです。
  平坦な境内に佇むイチョウ。08.11.22. ケヤキ通りから境内に入ると銀杏が迎える。08.11.22.
肥沃でもない境内に佇む ケヤキ通り以外に樹木無い境内

円泉寺: 真言宗豊山派、聖王山法明院。南北朝時代 末期(〜1392)太子堂が開創され、 その別当として圓泉坊(圓泉寺)が草創されたと推察される。 文禄4年(1595) 賢惠大和尚によって中興される。 慶長年間に入ると円泉寺周辺の地域は、江戸市中への青物の菜の供給地として栄えた。  

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