|
古木名木達の歴史的遺産 |
|
|
イチョウの名木達/黄葉のイチョウ並木 |
|
|
|
|
成城学園イチョウ並木 |
|
|
大正15年。新宿区の牛込柳町にあった成城学園が、
小学校から大学までの一貫教育をする場所としてこの地を選んだ当時は、
見渡す限りの原野が広がり,数件の民家のみであったとか。
昭和2年小田急が開通すると駅名を「成城学園前」とし、
駅前2万坪(6万6千坪とも)の土地を学校が購入して、父兄に対して住宅地として販売、
学校の建設資金とするとともに武蔵野の面影を残す街づくりに踏み出した。 撮影:08.11.22.
東京都世田谷区成城6-10。 |
並木始まる成城学園前駅入り口交差点 |
|
|
|
|
|
成城5丁目方面を望む |
見事に黄葉したイチョウ並木 |
成城学園正門方面を望む |
成城学園正門通りの二条の銀杏並木。クロスして北上する桜並木は世田谷百選です。
成城学園の街作りは、塀の低い生け垣にさまざまな樹や花を植えるという、
成城ならではのスタイルを徹底した建設が進めらた。
土地を100坪単位で売り出すといった住宅建設に限定する条件が出されたこともあり、
現存する街並みには多くの緑を残した庭が広がる、
高級住宅街といった風情が定着するようになったと言われています。
成城五丁目、同六丁目あたりは高級住宅街が広がっており、著名人の邸宅なども多い。 |
|
|
|
|
松原ミニ銀杏並木 |
|
|
松原ミニイチョウ並木。
屋敷林の名残でしょう、20本の銀杏の一条の並木と交差するように8本の並木があります。
戦前別荘の敷地内に植えられていたものが、戦後の住宅地化のなかで生き残って、今の姿になった。
昭和59年選定の世田谷百景です。世田谷区松原6丁目22,23。 |
|
|
|
世田谷区松原は古くからの住宅街であるが,
区画整理されていない地区の道は、行き止まりや曲がりくねった袋小路等が多いのです。
撮影:08.11.22. |
|
|
|
|
|
片側の敷地境界線に沿ったような並木 |
並木の反対側に残る二本のイチョウ |
世田谷城主吉良氏の家臣だった松原佐渡守の3兄弟が府中道(古甲州街道=滝坂道)
に「松原宿」を開き、その松原宿の商人たちが開墾したのがこの村だ。
赤堤村からの分離は元禄時代だろうという。 |
|
|
|
|
アパート「銀杏ロッヂ」より望むミニ並木 |
並木の反対側に残る二本の銀杏より望む |
ミニ並木とクロスする八本の並木の一部 |
黄葉したミニ銀杏並木に会いたくて、再度の取材です。
生活道路なのでしょうか、昼の時間帯は人も通らない長閑な晩秋です。 撮影:08.11.30. |
|
|