創立の起源は古い書物によると、天歴5年(村上天皇 951年)武州豊島郡人次ヶ原(俗称…古呂故ヶ岡・赤坂四丁目一ツ木台地)に祀られた。
およそ百年後の治歴2年(後冷泉天皇 1066年)、関東に大干ばつが発生、降雨を祈るとその霊験があり、
以来よく祭事が行われた。
江戸時代、幕府の尊信は篤く、八代将軍徳川吉宗が享保元年(1716)将軍職を継ぐと、
同14年(1729)に老中岡崎城主水野忠之に命じ、現在地(豊島郡赤坂今井台)に現社殿を造営、
一ツ木台地から現在地への遷宮が行われ、将軍直々の参拝をえる。
以後十四代家茂公まで歴代の朱印状(港区文化財)を下附され、
開運・厄除・良縁の鎮守神として尊崇を集めた。 |
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