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伝承と伝統の民族文化遺産 |
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祭りだ!神輿だ! お江戸の神輿 |
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八幡山八幡社例大祭 平成25年09月 (毎年) |
祭神:誉田別命 台座:二尺二寸(67) 建造年度:昭和53年 製作者:地元宮大工・鈴木文次郎
特記: 延軒屋根 勾欄造り 蕨手にぶら下がる隅木の木彫が独特です 世田谷一の山車も巡行 |
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八幡山駅前の3丁目公園目指し細い路地中を手拍子に鼓舞されて渡御して来る |
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八幡山八幡社 '13.09.23.(定日) 宮出し9時〜 宮入18時 世田谷区 八幡山1-12-2 |
子供向けのPOP |
青年部の印半纏 |
簡素な八栄会お神酒所 |
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八幡社の創建は不明ですが、正応元年(1288)創建の東覚院薬王寺(世田谷区千歳台)を別当寺としており、
同時期の創建と言われている |
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休息所の3丁目公園目指し細い路地中を器用に舵を取り渡御して来る |
氏子地域は世田谷区の八幡山1〜3丁目で、
9時の宮出しから寶寿台・子神輿・宮神輿がお神酒所で小休止重ねながらの渡御です。
宮神輿は13時半には区立高齢者センター新樹苑から八幡山商店街を渡御してくるが、
屋台山車は別巡行して、八幡山駅前で宮神輿と合流し八幡山区民集会所の八栄会お神酒所へ。 |
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屋根の扇動役は障害物から身を屈める |
路地の障害物避ける舵取り二人は慎重 |
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八幡囃子を賑やかに奏で四人の鼓舞扇動役が扇子かざす世田谷一の八幡社の屋台山車 |
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差し上げて八幡山駅前を通る子供神輿 |
松沢病院を背景に巡行する世田谷一の山車 |
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山車に続いて京王線八幡山駅前を威勢良い掛け声で渡御して来る |
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松沢病院脇を渡御して八幡山区民集会所の八栄会お神酒所を目指す |
八幡山は大正7年(1918)に京王電気軌道の松沢駅(荏原郡松沢村)が開業、
大正12年(1923)の関東大震災以降は移住者が徐々に増加して、
戦後は都心に近く人口が急増して、社殿は昭和47年に再建、神輿は昭和53年に取得、
お酒を飲むだけの寒村の「とっくり祭」から、盛大に祭りが行われるようになる。 |
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駐機馬を載せお囃子流す寶寿台 |
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八幡山地名の由来: 八幡山八幡社が地名の由来。
江戸時代には当初は天領だったが、寛永10年(1633)に彦根藩井伊氏領となった。
村南部は藩の御林となり、薪炭が採取され人口急増の江戸へ運ばれた。
八幡山遺跡からは江戸時代初期の炭焼窯跡が発掘されている。
慶安年間(1648〜1652)、船橋村(現世田谷区内)より移住した島田五兵衛が当地を開拓し八幡山村が成立した。 |
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