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伝承と伝統の民族文化遺産 |
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祭りだ!神輿だ! お江戸の神輿 |
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棒茅場 (ぼうしば)八雲神社 (3年毎) 平成26年7月 (3年毎) |
神輿データ: 祭神: 素盞鳴尊 台座:三尺(92) 建造年度:明治33年 製作者:地元宮大工・新見
特記: 延軒屋根・四方桟唐戸の平屋台造り 棒茅場(ぼうしば)自治会(町会)主催 例大祭渡御では睦神輿が随行 |
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六年振りの宮出しで喜びの担ぎ手達が威勢良い掛け声で棒茅場バス通りを連なって連合渡御です |
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棒茅場八雲神社 '14.07.13.(日曜) 式8時 宮出し8時半〜 宮入16時半
前回の渡御は東北大震災で中止したので、6年振りの渡御となる 江戸川区北葛西1-6 |
例大祭POP |
祭礼飾り付けない簡素な社殿 |
宮神輿が社殿前に鎮座して宮出し式典 |
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鳥居前で宮出しを待つ明治建造の宮神輿 |
6年振り渡御だとお囃子も笑顔でスタンバイ |
北葛西棒茅場八雲神社は不詳である。祭神は素戔嗚尊/須佐之男命(推定です)
北葛西は東京都江戸川区南部にある葛西地域の一地区。西を荒川が、東は新川が流れる。
慶長元年(1596)に宇田川定氏によって開発された、宇喜田の一部である。
宇田川氏(うだがわし)とは室町時代から続く江戸発祥の氏であり、
由来は渋谷を流れていた宇田川であると言われる。 |
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狭い境内で二基並んで足踏みでの神輿揉み |
社殿前で方向転換して狭い鳥居から宮神輿の宮出し |
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宮出し後悠然と棒茅場バス通りを渡御する明治33年建造の美形の宮神輿 |
宇喜田とは「宇田川喜兵衛新田」の略で慶長元年(1596)に葛西地区(宇喜田)が開発されて、その名を残した。
歴史ある町名を愛し地名変更を拒否して宇喜田町のまま残った地区である。 |
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棒茅場バス通りを宮神輿と棒睦神輿が連なって七軒町目指し威勢よく渡御 |
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棒茅場バス通りをお礼の差し上げご披露して七軒自治会お神酒所目指す |
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お囃子車に載って守護する獅子頭 |
明治時代建造の宮神輿の見事な彫金胴 |
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承応元年(1652)創建と歴史を誇る安楽寺前を手拍子に鼓舞され渡御して船堀街道を目指す |
宮神輿 三尺(92cm) 明治33年建造。 棒睦神輿 二尺六寸(78cm) 昭和62年建造。
神社前棒茅場バス通りから船堀街道に囲まれた北葛西1丁目〜北葛西2丁目の氏子地区を渡御する。
今回の例大祭では宇喜田棒茅場自治会60周年も祝っている。 |
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船堀街道を横断して宇喜田公園前交差点から昼食の宇喜田住宅休息所を目指し渡御 |
棒茅場 (ぼうしば):難読の地名です。
茅場というと茅(=カヤ・スゲ・ススキなどイネ科植物の総称)を刈り取る場所といった意味になるので、
周囲を大小の河川に囲まれた土地柄に因んだ地名と思われます。
隣接して棒茅場バス通りには新住居表示の北葛西○○とは表記せず、旧名称を掲げる六軒町、棒茅場、七軒町のバス停がある。
歴史ある町名を愛して呼称変更せずに現在に続いているのでしょう。
が、中央区の日本橋茅場町は{かやばちょう}と読みます。意味は江戸城構築時から茅が生い茂っていたからとか。 |
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