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伝承と伝統の民族文化遺産 |
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祭りだ!神輿だ! お江戸の神輿 |
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治兵衛稲荷神社 平成26年8月 (4年毎) |
神輿データ: 祭神: 宇迦之御魂命 台座: 1尺九寸 (58cm) 建造年度: 不明 製作者: 不明
特記: 延軒屋根 平屋台造り 修復工事: 本行徳 浅子周慶 砂村囃子山車と小神輿が途中まで先導する |
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小名木川沿い休息所前で消防団の放水でずぶ濡れになった担ぎ手達の雄叫び |
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治兵衛稲荷神社大祭 '14.08.24.(日曜) 宮出し9時〜宮入16時半
江東区北砂同地区内隣接の亀高神社と4年毎の同日開催です。
江東区北砂3-21-11。 |
大祭POP |
治兵衛稲荷神社の鳥居 |
ちびっこ集まれPOP |
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治兵衛稲荷神社は、当地一帯治兵衛新田を開拓した治兵衛が村の鎮守として
山城国伏見稲荷大社の分霊を慶安元年(1648)に勧請して、創建したといいます。
太平洋戦争の戦禍で焼失した社殿は戦後しばらくしての再建。 |
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神社通りの鳥居前での太鼓奉納 |
狭い境内本殿前での睦による神輿揉み |
治兵衛稲荷神社は、本殿も境内も狭く、大祭の太鼓奉納は鳥居前の車道で行われる。 |
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治兵衛睦による境内から鳥居前までの短い宮出しです |
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鳥居前神社通りから氏子による渡御 |
氏子が威勢よく担ぎ小名木川へと渡御 |
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氏子衆宅からの放水を受けながらも余裕のマンションハイム北砂脇を渡御です |
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消防団による消火栓からの放水で水飛沫で霞む路地中を担ぎ手達はうつむき渡御です |
神社から小名木川小学校脇を北上して小名木川を目指す。
小名木川手前でいきなりの消火栓からの放水で、早くも全員がずぶ濡れです。 |
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放水から逃れる様にうつむく担ぎ手達 |
小名木川に出てほっとする担ぎ手達 |
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放水を潜りぬけてホッとしたのか小名木川休息所前での喜びの雄叫び |
小名木川 (おなぎがわ)
江戸初期、徳川家康が行徳の塩の搬入路として開鑿させた運河で、開発者が小名木四郎兵衛の名を採ったという説と、
もともと「うなぎさわ」「うなきがわ」と呼んでおり、鰻が生息していたことによるという説がある。
隅田川から旧中川まで東西に江東区を横断している長さ4640mの一級河川です。
家康が江戸にやってきた頃の海岸線で、
江戸の発展で多数の住民が流入し、米・塩などの生活必需品を始め多くの物資が諸国から江戸へ送られるようになった。 |
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yahoo!japan
登録サイト フリ-ソフトで作成のHP。 |
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