千住宿。 江戸四宿の一つで、日光道中と水戸・佐倉道の初宿。足立郡淵江領の千住町・掃部(かもん)宿と豊島郡小塚原(こづかっぱら)町・中村町(現荒川区)に置かれた。
日光道中で江戸へ2里8町、武蔵国草加宿へ2里8町、水戸・佐倉道の新宿(にいじゅく・現葛飾区)へ1里19町。
宿駅制の成立の端緒は慶長2年(1597)の馬継場指定と伝えるが、本格的宿場となったのは寛永2年(1625)に日光道中の初駅となった段階からで、
当初は南から北に延びる1丁目から5丁目の千住町内のみであった。
万治元年(1661)には千住大橋を越えて荒川右岸の小塚原町・中村町を加えて合計8町から構成される千住1〜5丁目、掃部宿、小塚原町、中村町)
こととなり、千住八ヶ町とよばれるようになった。 |
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