歴史の浪漫街道  お江戸の神輿 天祖神社竜土神明宮は六本木まつりで東京ミッドタウンを旧四町合同渡御
伝承と伝統の民族文化遺産


祭りだ!神輿だ! お江戸の神輿


    天祖神社竜土神明宮 平成22年 9月 (2年毎)

神輿データ::祭神: 天照大神 台座:二尺(61) 建造年度:昭和62年 製作者:浅草・宮本重義
 特記: 唐破風軒屋根 背高な小振りな神輿 12時半からミッドタウン西を渡御 大まかな時間
 

東京ミッドタウン前をを渡御。'10.09.26.
小粒で唐破風屋根の背高の天祖神社竜土神明宮が東京ミッドタウンを渡御

例大祭POP。'10.09.26. 一段と高い石段上の社殿。'10.09.26. 境内一杯使い式典。'10.09.26.   天祖神社
  竜土神明宮
10.09.26.(日)
宮出し12時半〜
 実際は12時過
港区六本木
     7-7-7
天祖POP 一段と高い石垣の上の社殿 狭い境内での発輿式

この天祖神社竜土神明宮は南北朝の至徳元年(1384)に、 芝西久保、飯倉城山(ホテル・オークラ付近)に、はじめて祀られ、 徳川二代将軍秀忠の時に江戸城郭改築の際に社寺の移転があって現在の地に移り、 この地一帯を龍灯(=この宮に品川沖から毎夜龍が御灯明を献じたということで、 この地を「龍灯山(りゅうどうやま)」といった。)からとって、 龍土村と唱えるようになり神社の名前も「竜土神明宮」と称し、 江戸三ヶ所の神明又は東都大神宮十八社の一つに数えられた。 明治になり、社名を天祖神社と改める。 現在の社殿は、昭和32年に神明造として再建された。  

宮出しのため向き返る担ぎ。'10.09.26. 狭い境内を半回転。'10.09.26. 境内からやっと宮出し。'10.09.26.
宮出しは先ずは方向転換 前後注意して狭い境内を半回転 神輿を鳥居に向けてイザ宮出し

最先端の商業施設がある六本木で、時刻通りでなくおおむねの時間の使い方です。 あくせくせずに六本木から一歩外れた竜土町という歴史をもつ風土や伝統からなのでしょうか。 例大祭は旧四町会の、六本木町、三河台町、材木町、竜土町の合同渡御です。  

広い国立新美術館前へ。'10.09.26. 上下二段の通りから外苑東へ。'10.09.26. 外苑東のミッドタウン。'10.09.26.
神社通りから国立新美術館前 上下二段の通りから外苑東通りへ ミッドタウン角からメインの渡御

渡御列は簡素ですが、先導するお囃子方はチョット珍しい祭列を見下ろす高床トラックです。 女性の鉄棒、高張り提灯、神職、氏子役員、鳶頭、宮神輿です。  

ミッドタウンウエスト前で御接待の木。'10.09.26. イーストから六本木交差点へ渡御。'10.09.26.
ウエスト前で御接待の木が入る ミッドタウンイーストから六本木交差点へ渡御

東京ミッドタウンと高層タワー。'10.09.26.   東京ミッドタウン:  江戸時代 萩藩 毛利家下屋敷でした。明治時代に陸軍駐屯地となり、終戦後には米軍将校の宿舎、 日本に返還された後は防衛庁の檜町庁舎として、実に400年あまりの間、一般には閉ざされた土地として使われていました。 2000年、防衛庁本庁が檜町から市ヶ谷に移転したことから、 広大な緑を臨む港区立檜町公園を含めた再開発事業で、2007年3月にグランドオープンする。 東京ミッドタウンは、広大なグリーンと6つの建物からなる新しいスタイルの複合都市です。 街にはショップやレストラン、オフィス、ホテル、緑地、美術館などの施設がある。

六本木:地名の由来は、6本の松の木があったことに由来する説。江戸時代は大半が武家地だった地域で、 青木氏、一柳氏、上杉氏、片桐氏、朽木氏、高木氏の樹の名の大名屋敷が存在したことに由来する説などがある。  

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