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伝承と伝統の民族文化遺産 |
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祭りだ!神輿だ!お江戸の神輿 |
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蒲田 御園神社 平成23年7月 (2年毎) |
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簡素だが神輿屋が建造した神輿と遜色ない受刑者手造りの神輿は法務大臣賞受賞の神輿 |
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御園神社 例大祭 '11.07.24.(日) 宮出し13時〜 宮入16時半。 |
サンライス蒲田の横断幕 |
復興祈願POP |
小ぢんまりな本殿 |
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明治20年(1887)までは御園村(おしゃもじ様)と 女塚村(八幡様)
の総鎮守として現在の蒲田駅東口の付近に鎮座していたが、
東海道線敷設のため、境内地を収容され、御園村と女塚村はそれぞれ鎮守を移転する。
おしゃもじ様の境内は、名のごとく、おしゃもじの形状をしていたが、
明治21年境内を広め、御園神社と改称して現況のような鎮守様となった。
東京都大田区西蒲田7丁目40番。 |
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御園神社の創建年代は不詳なのですが、その昔多摩川の洪水によって流れついた猿田彦命を祀って、
おしゃもじ様と称え、村民の信仰厚き崇敬神社であったと伝承されている。
渡御時にしゃもじを叩き囃し立てる。
次年度は同格の宮神輿(浅草 宮本重義建造)が渡御するのだろうか。 |
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しゃもじ2本で囃し立てる |
神輿庫に鎮座する宮神輿 |
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境内で神輿揉みして宮出し |
神社前通りで渡御の囃し立て |
神社四ツ角で早くも担ぎの熱気 |
西蒲田7・8丁目、新蒲田1丁目を氏子地域を渡御するが、
導きの神の猿田彦命と、天照大神を天岩屋戸から引き出した女の神の天宇受売命が先導する、
とのコメントあるが、祭り自粛の影響なのか、氏子役員が先導の宮出し渡御です。 |
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神社前四ツ角での早くも熱気の神輿担ぎ |
蒲田駅西口を背にして熱気の渡御は続く |
渡御は駅前ロータリーからサンライス蒲田の約400mのアーケード街の担ぎが見所の様ですが、
編集者は情報不足で残念ながら見損じまた。
2年に1度の本祭には法務大臣賞(受刑者による建造の神輿)を受賞した台座3尺(90.5cm)
の神社神輿が出御し御園神社睦会が祭礼を仕切る。 |
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大田区周辺の多くの同好会の担ぎ手の応援で渡御する御園神社の例大祭 |
蒲田地名の由来。
諸説あるが、○ 湿地に溝を掘ると水が抜けて乾燥地が出来る。これを蒲池と呼ぶがそれが転じた。
○ かつてこの辺り一帯は沼地であり、それにちなみ泥深い田地を示す「蒲田」から来ている。
○ 飛び越えた所や沼の中の島などを意味するアイヌ語の「カマタ」から来ているとか。
昔は「鎌田」とも呼ばれていた。
「和名抄」(平安時代中期に作られた辞書)にも記載があり、
奈良・平安時代から続く古い地名である。 |
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