歴史の浪漫街道  お江戸の神輿 穴八幡宮の鎮座950年祭で旧御本社に替わり新建造の宮神輿が初渡御
伝承と伝統の民族文化遺産


祭りだ!神輿だ! お江戸の神輿


    穴八幡宮 鎮座950年祭 平成24年9月 (不定期)

神輿データ: 祭神: 應神天皇 台座:三尺七寸(112) 建造年度: 平成22年 製作者: 宮惣
   特記: 勾配の浅い延軒屋根 平屋台造りの古神輿風です。明治の旧本社は非公開。
 

平成18年竣工の総漆塗りの出現殿前より宮出し。'12.09.16.
境内北参道でよいとの氏子役員から受け継ぎ総漆塗り仕上げの出現殿前から悠然と宮出し

H22年境内での試し担ぎのPOP。'12.09.16. 隋身門は平成10年建造。'12.09.16. 平成10年建造社殿はきらびやかな金装飾。'12.09.16.   穴八幡宮
'12.09.16.(日曜)宮出し8〜17時半

鎮座950年祭で宮神輿の初担ぎです
新宿区
  西早稲田2-1。
鎮座950年POP 朱色の隋身門 江戸権現造り社殿と宮神輿

康平5年(1062)に源義家が氏神八幡宮を勧請し、寛永13年(1636)には、 幕府の御持弓組頭の松平直次がこの地に的場を築き、射芸の守護神として八幡宮を祀りしました。 のちに宮守の庵を造るために南側の山裾を切り開いたところ神穴が出現したので、 高田八幡宮から穴八幡宮に改称されています。
江戸時代から続く「一陽来復御守」は金銀融通の御守として現在でも広く崇敬を集めており、 毎年「冬至」から「節分」までの期間のみ頒布されています。
 

隨神門とも書く。'12.09.16. 守護する右大臣と左大臣。'12.09.16. 初お披露目の新宮神輿。'12.09.16.
随身門(左)の矢大臣(矢大神) 随身門(右)の左大臣(左大神) 平屋台造りの新宮神輿

新宮神輿は平成22年に台座3尺7寸、神田・宮惣で製作された。 旧本社神輿は明治6年建造で台座3尺7寸、宝物殿に鎮座してなぜか非公開です。
宮神輿が14年振りに旧本社神輿に替わり10町会を渡御です。次回の渡御は未定です。氏子総代会で決めるとか。
 

北参道から早稲田通りへ。'12.09.16. 威勢良い担ぎ。'12.09.16.
平成の大改修続く北参道から早稲田通りへ 下り坂の早稲田通りの馬場下町へ威勢良く

掛け声が境内石垣に反響する。'12.09.16.
鳥居前の馬場下町交差点を雄叫びと神輿揉みを繰り返しながら渡御してくる

悠然と交差点を大周り。'12.09.16. 14年ぶり馬場下町町会の雄叫び。'12.09.16.
悠然と馬場下町交差点内を大廻り 鳥居前で馬場下町町会喜びの雄叫び

絢爛豪華な宮神輿が陽射し受け輝く。'12.09.16.
諏訪通りの早稲田大学戸山キャンパスから折り返して別当放生寺下の馬場下町お神酒所へ

早稲田大学は明治15年(1882)に大隈重信が創立した東京専門学校が前身である。 明治35年(1902)に早稲田大学と改称。 戸山キャンパスは意外と新しく、昭和37年(1962)の開校ですが、校舎はすでに建て替え工事中です。  

鳥居前を怒涛の渡御です。'12.09.16. 高揚する担ぎ手に木が入る。'12.09.16.
写真は前後するが穴八幡宮鳥居前から諏訪通りへ 馬場下町お神酒所で町会に木が入る

馬場下町(ばばしたまち)の由来:  延享2年(1745)町奉行支配となり牛込馬場下横町と称した。 町の位置が「高田の馬場」(江戸時代初期に幕府によって造られた馬場)から下る八幡坂の下にあったことによる。  


yahoo!japan 登録サイトのHPです。

  「お江戸の神輿・赤羽八幡神社」にリンク。 「お江戸の神輿・祭りだ!神輿だ!」へリンク。