歴史の浪漫街道  歴史を持つ13の蔵元達よ負けるな大手に。霊峰富士山の湧水と杜氏の技を伝承して醸造を。
匠の技の歴史的遺産



お江戸東京の地酒/蔵元訪問記


お江戸東京の地酒の蔵元を昨年’04.12月から’05.10月まで掛かりましたが13全ての蔵元を訪問しました。 詳細の酒蔵内部や酒造り手順は各蔵元のHPにきめ細かく掲載されておりこのコーナーでは省きました。 予約無し単独の訪問にもかかわらず各蔵元のご丁寧な対応に感謝し 蔵人・杜氏の醸造への情熱に感服の連続で 何れの蔵元も地酒造りの経営困難を直視しながらも酒造りの伝統を継承する姿勢を肌身で感じました。 感動です!!  


野口酒造の路地裏。04.12.03 野口酒造と久本本店。04.12.13. (合)野口酒造店。 訪問日。04.12.03。創業万延元年(1860)。 府中市宮西町4-2。蔵店舗の一階は地酒販売所で二階は蔵の良さを利用した喫茶「蔵」。 分家した久兵衛が「中屋」を名のり醸造で一世を風靡し今も武蔵総社大国魂神社の御神酒である。
中興の祖の名から「中久本店」の暖簾を出す。 現在は醸造中止で渡辺酒造(武蔵村山市)に委託生産であるが 醸造当時の雑蔵が健在。六代目当主野口忠直氏は現府中市長。

野崎酒造梶B 訪問日。05.02.05。創業明治17年(1884)。
あきる野市戸倉63。奥多摩の森林と秋川渓谷に包まれた静寂の素晴らしき自然環境の中に酒蔵が在るのです。 正門横の石蔵店舗は現在休業中との貼り紙。 残念と思いきや酒林が吊るされた正門を潜ると味のある直売所がありました。 全てが木造建築で環境維持も行き届きこれぞ蔵元だ!でした。
野崎酒造正門。05.02.05. 野崎酒造の石蔵店舗。05.02.05.

中村酒造蔵店舗。05.02.05. 中村酒造の本蔵。05.02.05. 中村酒造場。 訪問日。05.02.05。創業文化2年(1804)。
あきる野市牛沼63。白壁の土蔵店舗は均整のとれた美形です。 お邪魔な見学者に若手社員のご丁寧な挨拶を受けて恐縮する。 展示してある明治や大正時代の徳利や土瓶を触り意外な 重さに感動していると背後から「其れはお譲りできません」。 勧められるまま遠慮がちに試飲して「上撰辛口」を購入する。

石川酒造梶B 訪問日。05.02.05。創業文久3年(1863)。
福生市熊川1。東京の地酒「多摩自慢」を世に送り出すだけの蔵元だけに周辺のケヤキ林までが整然と維持管理されている。 右の本蔵は明治13年、左の見学出入口の雑蔵は明治31年と土蔵白壁の登録有形文化財が4棟もあり, 江戸時代からの酒造りやビール醸造の資料館やレストランもあり一見の価値あり。 何故か地酒でなく明治20年に醸造していた復活の多摩地ビールを頂く。
石川酒造入口。05.02.05. 石川酒造の本蔵。05.02.05.

豊島屋酒造の樽酒。05.02.15. 豊島屋酒造。05.02.15. 豊島屋酒造梶B 訪問日。05.02.15。創業慶長元年(1596)。
東村山市久米川町3-14。創業時は江戸の名物「白酒」で有名な竃L島屋本店なのです。 現在は酒類卸問屋専業となって 白酒・清酒・味醂等の醸造は豊島屋酒造鰍ェ引き継いでいる。 東京の蔵元では一番の歴史を持っている蔵元です。 「金婚正宗」は大正天皇ご成婚を祝って造られて以降銘柄となっている。

大多摩酒造梶B 訪問日。05.04.14。創業は聞き漏らし不明。
青梅市森下町499。旧青梅街道青梅宿の山林を背景に閑散とした街道沿いの有形民俗文化財旧稲葉家住宅に隣接してる。 迫りくるダンプカーを両手上げて止め我が車両を招き入れたお爺さんはこの街道の顔なのでしょうか。 酒蔵も小さな蔵元ですが正面に置かれた壱つの薦の酒樽が私をじっと見送っていました。
大多摩酒造。05.04.14. 大多摩酒造の蔵と煙突。05.09.30.

再訪問。05.09.30.残念です。東京の蔵元・大多摩酒造が5月末から休蔵中です。 銘柄の大多摩はもう呑めない。 酒蔵所有者のリカーショップ「オカザキ」(元醤油醸造業)でも打つ手無しとのこと。 酒造業の経営は非常に厳しい。  

土屋酒造 土屋酒造梶B 訪問日。05.05.05。東京都狛江市岩戸南1-5-2。創業明治6年(1873)。
残念です。東京の地酒の蔵元が休蔵中です。 鳳櫻(おおとりさくら)の地酒がもう無いのです。 命である酒蔵は04年7月に解体され、跡地に今は大型マンションが建設中です。 蔵元の跡継ぎが急死し土屋桜子氏が女人禁制の酒造りを引き受け 平成10年には全国新酒鑑評会で金賞を受賞して着実に実績を積んでいたのに。今後の再建は不明。 調べるとホームページも04年8月1日付けでメンテナンス中のコメントで休止中でした。
 
急遽歴史ある蔵元の代表となり会社再建に全力を出して造り上げ銘柄の「鳳櫻」に負けぬ我が分身たれと 自らの土屋桜子を命名の「桜子」。ネットショップの桜子友の会には「和良醸酒」という言葉で 醸す人々との「和」が一番大事だと言う。しかし残念ながら力注ぐも刃折れ矢尽きる。蔵元の栄枯盛衰なのか。 偶然日枝神社奉納樽酒の中で見つけた樽酒「夢吟醸 桜子」も なぜか侘びしき。 土屋酒造の桜子の樽酒。日枝神社。05.12.13.

小山酒造梶B 訪問日。05.05.25。創業明治11年(1879)。
東京都北区岩淵26。都内唯一の地酒の造り酒屋です。 地酒蔵元も競争激化で合理化近代化を余儀なくされています。 残念ながら訪問した時には既に酒蔵、母屋、高い煙突が撤去されて写真のように近代的な酒造工場に 変貌しており周辺の都市化で地下水も汚染で水道水に切り替え酒作りもIT化です。 唯一、社是の「愛酒報国」と○眞マークが蔵元を示してた。
小山酒造直売所の「岩淵小山の徳利」05.05.25. 小山酒造のIT化された酒造所。
			蔵元の面影なく寂しいかぎりです。
			05.05.25.

渡辺酒造の白壁風の酒蔵。05.06.07. 渡辺酒造「吟雪」販売所入口。05.06.07. 渡辺酒造(合) 訪問日。05.06.07。創業明治10年(1877)。
東京都武蔵村山市中藤1-15。 封建時代からの醤油醸造の老舗で新たに酒造業への参入時に清酒の名を汚れのない純白の雪を 味わいという意味合いから「吟雪」と命名したとの説明。 新酒のしこみが10月からで現在蔵はメンテ中とのこと。 高い赤レンガの煙突は大正10年(1921)の建造物です。 新たな試みとして麹から抽出の化粧水を展開中、白壁風酒蔵は風格ある。

07年9月をもって明治時代創業の渡辺酒造が蔵を閉じ廃業です。 近年東京の醸造業は後継者難と財政難で廃業がすでに2蔵あり誠に残念です。 銘酒「吟雪」は蔵の井戸水とこの蔵で造って初めて吟雪の味がでるので「吟雪」 のブランドは残さないと7代目代表社員の渡辺美香さんの言。したがって委託醸造もないのです。 大正時代の母屋や酒造所の建物も「吟雪」と共に去っていくのです。  

居ャ澤酒造場。 訪問日。05.07.15。創業は不明。
東京都八王子市八木町2−15。銘柄は織物の町八王子から命名。 昨年から気にはしていたが、酒蔵や煙突が消え 跡地に何とレクサス八王子新支店が完成間際なのです。 東京都酒造組合の蔵元案内には全国品評会連続4年金賞受賞とある。 甲州街道を挟み向かいの仮事務所で聞けば奥多摩に酒蔵有りと遠慮がちに短いコメント。 一部を中島酒造場に委託生産です。
蔵元の証、桑の都樽酒が鎮座する。05.07.15. 小澤酒造場の仮事務所。05.07.15.

小澤酒造場が中島酒造場にて委託生産は東京都酒造組合から05.08.25.に連絡頂いた情報です。 感謝いたします。  

中島酒造場。05.09.29. 中島酒造場の小澤酒造場リフト。05.09.29. 拠島酒造場。 訪問日。05.09.29.創業明治17年(1884)。
八王子市下恩方725。陣馬街道沿いの高台にあり周囲の展望も良く銘柄は日出山。 この蔵元は昭和31年に休業した経緯もあり最小限の設備投資で大地に根をおろした手造りの醸造元である。 生産量は最も少ない蔵元。受託生産の小澤酒造場のリフトが仲間入りしていた。 銘柄の日出山と受託の桑の都との特色の違いある地酒を是非とも杜氏の情熱と技とで造り続けてほし。

田村酒造場。 訪問日。05.09.29。創業文政5年(1822)。
福生市福生626。玉川上水の取水口近くにあり自然環境に恵ま れて黒板塀の内外共に整理整頓され中庭には田村分水が鯉を泳がせ芝生はゴルフ場の如きだ。 全員が嘉泉のハッピ着用してもう使ってない赤レンガの煙突が毅然と立つ光景はまさに蔵元。 しかし地元の5人の若き蔵人が育ち蔵の全てが清潔感にあふれ 瓶詰めラインは近代的で幻の酒嘉泉の歴史と訪問の価値あり。
田村酒造場の正門。05.09.29. 田村酒造場の酒蔵。05.09.29.

小澤酒造の母屋と正門。05.10.13. 小澤酒造の酒蔵の神棚。05.10.13. 小澤酒造梶v。 訪問日。05.10.13.創業元禄15年(1702)。
創業の地は豊かな名水が沢となって流れることから沢井村と呼ばれ銘柄とした。 酒蔵下の多摩川の両岸には澤之井園と櫛かんざし美術館がある。 H4年に平成蔵を増築し最近は最新の充填システムを導入し蔵出荷の効率化に取り組んでいる。 蔵元や杜氏達の酒造りの思いを酒蔵の入口神棚が示している。 酒蔵正門横の日本家屋の母屋は創業後の建築で200年以上です。


yahoo!japan 登録サイトのHPです。

  「地酒試飲一覧表」にリンク。 トップページ「お江戸東京の地酒」にリンク。