歴史の 浪漫街道 さくらの名木達  お江戸の坂道が今に残る茗荷谷播磨坂は文京区が誇る桜並木なのです
名木古木達の歴史的遺産


さくらの名木達 / 都内の桜並木


    茗荷谷播磨坂 120本

文京桜祭りの茗荷谷播磨坂。'10.04.01.
茗荷谷播磨坂は満開の桜並木

文京さくらまつり会場。'10.04.01.   第39回 文京さくらまつり。
平成22年3月20日(土)〜4月4日(日)
播磨坂さくら並木は(通称環三さくら通り)文京区小石川4丁目と5丁目境にある。 道幅40m道の中央分離帯と両側の3列の桜並木が長さ460mに及ぶ。 昭和46年度から播磨坂さくら並木で行われている祭りです。 桜は、ソメイヨシノを中心に約120本植えられ、淡い黄緑色で八重咲きの鬱金(うこん) 桜などのめずらしい桜も見られます。
白山小石川側から播磨坂を望む桜並木

道路は戦災復興事業における付近一帯の土地区画整理によって、都市計画道路環状三号線の一部として造られました。 その後幹線道路の計画は凍結されて拡幅された道路には、昭和35年(1960)に東京五輪を控え 「全区を花でうずめる運動」により桜の若木が植えられ、 公園道路となり現在のさくら並木となる。  

緩やかな桜並木の坂道。'10.04.01. 中央の桜並木。'10.04.01. 桜並木から車道を望む。'10.04.01.
春日通りへと緩やかに登る坂 桜並木の中央に連なる桜 車道沿いの桜並木を望む

満開の春日通りの茗荷谷方面を望むが、薄曇りの中の桜並木は艶やかさが観られず、これが桜霞みなのか!残念!! 桜のトンネル。'10.04.01. 春日通り茗荷谷の並木。'10.04.01.
眼下には満開の桜並木 茗荷谷方面を望む

江戸時代、この辺りは松平播磨守(常陸府中藩主)の上屋敷であったこと、また、 千川が流れる低地一帯には「播磨田んぼ」が広がっていたことから、 この坂道が「播磨坂」と呼ばれるようになりました。 お江戸の区域内は坂道の多い町であったのです。  

この地の「みょうが」は、実は「冥加」で、「冥加稲荷」から来ている。 昔この付近(小石川4〜5丁目の春日通りの辺り)に御箪笥町があり、鉄砲方の旗本・御家人が集住し、 仕事は鉄砲を撃って命中させることだった。 しかし太平の世では実力の発揮も出来ず、それで技術向上のためと、実力維持のために競技会が開かれ、 谷上(今の駅付近)にあった稲荷社に願掛けして出発していった。 なかなか霊験あらたかだったところから評判を呼び、いつしか稲荷を「冥加稲荷」と呼んだ。 その冥加稲荷がある谷なので「冥加谷」と俗称されたが、徳川色を嫌う明治政府によって、 韻の同じの「茗荷」に書き換えられた。茗荷が採れたわけではないのです。  

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