歴史の浪漫街道  祭りだ!神輿だ!祭り神輿。 神田明神 明神様として親しまれている都心108町会の総氏神様の町会連合宮入の神田祭
伝承と伝統の民族文化遺産

祭りだ!神輿だ! お江戸の神輿


    神田明神 町会連合宮入の神田祭  平成27年5月 (隔年)

将門塚大神輿。'15.05.10.
宮入参拝のお祓いを受けて退場する大手丸の内町会の八つ棟屋根の将門塚大神輿

右は豊磐間戸神、左は櫛磐間戸神。'15.05.10. POP。'15.05.10. 右は豊磐間戸神、左は櫛磐間戸神。'15.05.10.
隋神門の像 神田祭POP 隋神門の像

江戸三大祭りの一つ、東京千代田区外神田 神田明神の神田祭
  '15.05.09.(土曜) 8時〜神幸祭。  19時〜一部町会連合宮入。
  '15.05.10.(日曜) 9時〜18時 町会連合宮入
「セイヤ、セイヤ」の威勢の良い掛け声とともに、氏子らが約100基の神輿を次々と境内に担ぎ入れ、 千代田区大手町の将門塚周辺から元和2年(1616)現在地に移ってから「遷座400年」を祝う。
 

隋神門。昭和50年建造の総檜・入母屋造。'15.05.10. 宮本町会お神酒所。'15.05.10.   宮本町会の一部は参道鳥居の内側にあり神田明神と一体なのです。
今までは子供神輿のみで参加していたが、平成21年(2009)からは他の地区の大人神輿を借りて参加していた。

が、何としても町会の神輿で担ぎたいとの願いが強いのです。
表参道の神田明神隋神門 表参道の宮本町会お神酒所

神殿に飾られていた神輿を町会神輿として担ぐ。'15.05.10.
宮本町会の町会神輿の初担ぎには350人の担ぎ手が集結です

神田明神が保有している台座二尺五寸(75cm)の神輿を町会神輿として神社の同意を得て担ぐ。 お膝元の宮本町会は400年の歴史で初めての夢に見た町会神輿なのです。  

岩本町会。'15.05.10. 神田松江町会。'15.05.10.
威勢良い掛け声で境内に入り込む岩本町会 神輿揉み繰り返す神田松江町会

将門塚大神輿。'15.05.10.
拝殿前へジワリと前進していく大手丸の内町会の将門塚大神輿

将門塚大神輿。'15.05.10.
宮入参拝終えて退場する大手丸の内町会の将門塚大神輿

神輿データ: 「入母屋造」で台座は3尺5寸の大神輿  大手・丸の内将門塚保存会神輿  

  神田祭の賑わい醸し出す山車
魚河岸会(加茂能龍神)。境内に展示。'15.05.10. 遠州横須賀三熊野神社。'15.05.10. 遠州横須賀三熊野神社。'15.05.10.
魚河岸会の加茂能龍神山車 附け祭りに参加の遠州横須賀三熊野神社 遠州横須賀三熊野神社の祢里(ねり)山車

明神境内に展示された築地魚河岸会の加茂能龍神人形山車。江戸型山車として知られていた先代の山車は残念ながら関東大震災で焼失です。 再建は昭和30年です。
江戸天下祭の流れを汲む「三熊野神社大祭」は享保年間、第14代遠州横須賀城主の西尾隠岐守忠尚公によって、 当時の「江戸天下祭」が当地の横須賀へ伝えられたと言われています。 横須賀の祢里(ねり)の形態は、「一本柱万度型」と呼ばれ、江戸城の大手門をくぐれるように考えられています。
 


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