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伝承と伝統の民族文化遺産 |
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祭りだ!神輿だ! 祭り神輿 |
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波除稲荷神社 つきじ獅子祭 平成22年6月 (毎年・陰祭り / 本祭り・3年毎) |
神輿データ: 祭神: 倉稲魂命 台座:四尺一寸(124) 建造年度:昭和2年? (1927)
製作者: 神田・宮惣 延軒屋根・平屋台造り 波紋を散らした錺神輿を平成2年に修復 |
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鳥居下からつきじ獅子祭りの千貫宮神輿と弁財天お歯黒獅子の連合宮出し |
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波除稲荷神社 つきじ獅子祭 「渡御祭」 (陰祭り)
(神社鎮座350年 第二期記念渡御祭)
'10.06.13.(日曜) 宮出し9:00〜宮入17:00
担ぎ手は女性限定の雌大獅子「弁財天お歯黒獅子」は
宮出しと宮入のみの巡行
平成23年の本祭りは本来の「つきじ獅子祭」実施とか。
東京都中央区築地六丁目20−37 |
かわら版 |
留守番役の天井大獅子 |
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本祭り: 平成20年6月07日 (土曜) 宮出し13時。 千貫宮神輿渡御・お歯黒獅子(宮出し14時)
陰祭り: 平成21年6月14日 (日曜) 宮出し09時。 厄除天井大獅子・お歯黒獅子・金獅子
陰祭り: 平成22年6月13日 (日曜) 宮出し09時。 千貫宮神輿渡御・お歯黒獅子(連合宮出し)
平成23年度の本祭りは 千貫宮神輿渡御・厄除天井大獅子・お歯黒獅子・金獅子「つきじ獅子祭」 |
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江戸の始め築地は一面の海で、その埋め立ての際に工事困難を極めた築地海面にて、
萬治2年(1659)に海面を漂っていた稲荷大神の御神体をひきあげ祀ると、
波風がピタリとおさまり、工事はやすやすと進み、埋立も無事終了。その御神徳のあらたかさに驚き、
稲荷大神に 『波除』 の尊称を奉り、平成21年(2009)築地 波除稲荷神社は御鎮座350年を迎えた。 |
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女性陣のお歯黒獅子にカメラ向く |
お歯黒獅子は黄色い掛け声響く |
悠然と宮出しの千貫宮神輿 |
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宮出しは黄色い掛け声で担ぎは門跡橋まで |
お歯黒一本〆で御仮屋へ |
弁財天社お歯黒獅子。
高さ一尺の台座を含め高さ2,2m 両耳幅2,5m 総重量700kg 総漆塗り一木造で、
紅色の肌地にお歯黒を施し金箔押しの巻き毛で腰高の姿にして、平成14年(2002)に再建。
また江戸時代、厄除・災難除の象徴として多くの参詣者を集め「つきじ獅子祭」の名称の元をもなした
「厄除天井大獅子」は江戸末期に焼失、平成二年に神社の御鎮座330年を記念し、樹齢約三千年の黒檜
の原木を用いて 高さ2,4m 幅3,3m 重さ1t 往時に勝るとも劣らぬ
名実共に日本一の厄除天井大獅子として、加賀鶴木で再興される。 |
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場外市場に入り込む宮神輿 |
店先押しのけての渡御 |
路地から晴海通りへ躍り出る |
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古式に則る清め辻払い |
千貫宮神輿が新大橋通りをお囃子の山車人形桃太郎とで渡御 |
千貫宮神輿はお囃子山車の人形桃太郎と築四、築波、築七、築六、宮元氏子区域を渡御して、
16時過ぎから弁財天お歯黒獅子と宮入道中を鳥居下まで行う。 |
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築地の由来: 江戸時代は地名ではなくこの地域の俗称だった。
築地は水面より上の土地を築く行為または築いた土地で「築島」と同じ干拓造成地をいう普通名詞であった。
明治以降、西本願寺、土佐藩山内家下屋敷などは築地1〜4丁目。尾張徳川家蔵屋敷などは海軍用地・海軍兵学校。
昭和6年海軍用地が中央総合卸売市場、浜御殿は浜離宮庭園に。
むかし築地といえば寺町、明治になると海軍、昭和以後は市場なのです。 |
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