歴史の浪漫街道  お江戸の神輿 深澤神社は穏やかな定日の体育の日に氏子区域の東西を交互に渡御をする
伝承と伝統の民族文化遺産


祭りだ!神輿だ! お江戸の神輿


    深澤神社 平成22年 10月  (毎年)

神輿データ: 祭神:大山都見命 台座:二尺五寸(76) 建造年度:昭和初期 製作者:浅草・宮本重義
    特記: 唐破風軒屋根 勾欄造り H20年度は氏子西地区を渡御 渡御で台車引回し区間ある
 

深沢神社は高台の丘を渡御するかのような風景。'10.10.11.
境内から鳥居前道路に出れば見晴らし良い深沢坂上の高台を渡御です

渡御通過時間記載POP.'10.10.11. 社殿は鉄筋コンクリート神明造。'10.10.11.   深澤神社。
'10.10.11.(定日=体育の日) 宮出し13時〜18時。
毎年渡御ですが、各年度で氏子地区の東地区と西地区を交互に渡御を行う。 また渡御路で移動区間が長い区域は台車での引き回しである。
世田谷区深沢5-11-1。
丁寧なPOP 鉄筋コンクリート神明造の社殿

深澤神社は永禄七年(1564)元は三島神社と称し、北条氏の家臣であった兎々呂(とどろ)城主 (=等々力の地名の由来と言われる)・ 小谷岡重頼が伊豆の三嶋大社の分社としたことに始まる。 明治七年村社となり、大正四年社殿改築し村内天祖神社(二社)、 八幡神社、稲荷神社(二社)、御嶽神社、山際神社計七社を合祀し、深沢神社と改称した。 旧称は「深澤八幡」  

深澤神社の渡御路は深沢の中心部を流れる呑川で氏子区域の東地区と西地区に分けている。 平成22年度の渡御地区は西地区で、前年は東地区で交互に渡御をする。
前回渡御路図はページ右下に記載。
  呑川は桜並木の名勝。'10.10.11. 今回の渡御図。'10.10.11.
暗渠になった呑川緑地 今回の西地区渡御路

呑川は、新町あたりの品川用水からの漏れ水と、深沢周辺の湧き水の池から流出する水が合流して始まり、 世田谷区内を約2キロ流れた後、目黒区八雲を通り緑ヶ丘で九品仏川と合流、 大田区から東京湾に注ぐ全長14.4キロの河川です。 深沢1丁目から5丁目の区間の呑川沿いの緑道は下水道幹線として暗渠です。
深沢神社は三島公園に隣接する高台にあるが、かつては三島公園の敷地も境内に含まれていたらしく、 そこに湧水の池がある。三島公園内に三島の洗い場がある。池には三島の名に因んだのか三つの島があり、 そのうち一番奥の島に弁財天が祀られ、深沢神社境内の隅にひっそりと隠れている弁天社がある。
 

淡い日差しの長閑な境内。'10.10.11. 簡単な式を終えると即担出し。'10.10.11. 鳥居石段から担ぎだされる。'10.10.11.
渡御前の打ち合わせ、談笑 あっという間に宮出しの木が入る 揉みもせず鳥居石段降り宮出し

大祭は体育の日に行われるためか、 宮出しにたずさわる神社役員と担ぎ手だけでの簡素な式が行われ、引き太鼓と子供神輿が出ると即刻木が入り、 あっという間の担ぎ出し。境内での神輿揉みも無く鳥居下へ一直線です。  

高台の渡御路で神輿揉みです。'10.10.11. 台車引き回し渡御。'10.10.11. 最初のご接待所へ。'10.10.11.
坂登り切り威勢よく担ぐ 畑残る区域での台車廻し渡御 子供神輿が待つ接待所へ

高台での威勢良い渡御。'10.10.11. 和気あいあい長閑な渡御です。'10.10.11.
威勢よい掛け声で坂道を登りきった神輿 台車外して再度肩に乗せての渡御再開

深澤の由来。 鎌倉時代に源実朝の家臣土岐左衛門がこの地を与えられ、 当地域が呑川上流の深く入り組んだ奥深い沢であるからこの名を付けたと言われる。
長閑な田園で戦前から園芸業・造園業が盛んだった深沢の中央部に位置する3丁目から6丁目は、 周辺の宅地化に伴い畑の宅地化が進み、平成に入ると、 戸建・低層マンションが目立つ街並みが広がるようになった。
 


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