歴史の浪漫街道   お江戸の神輿 梅雨の合間の祭り日和に多くの同好会の応援を得て毎回のように渡御する 東葛西中割八雲神社
伝承と伝統の民族文化遺産

祭りだ!神輿だ! お江戸の神輿


    東葛西中割八雲神社 平成28年7月 (毎年)

祭神: 須佐之男命 台座:三尺(91) 建造年度:大正13年  製作者: 行徳・後藤直光
特記: 延軒屋根・平屋台造り 旧駒札は葛西仲町 H22年より中割八雲 H19年に修復工事

大団扇に鼓舞され渡御'16.07.03.
仲町ミニバス路線をお囃子山車に先導され大団扇に鼓舞されて賑やかに渡御する中割八雲神社

POP'16.07.03. 中割八雲神社の獅子頭'16.07.03.   中割八雲神社 例大祭 '16.07.03.(日曜)
   宮出し8時半〜宮入17時
祭神 須佐之男尊。もと水神社で祭神は豊玉比古命(海神) 創建は元禄元年(1688)。
土地が低く数度の水害を受けたので、水神を祀り水神社として創建された。 平成19年 宮神輿や子供神輿、引き太鼓、獅子頭を全て改修している。
鳥居〈大正12年建造〉は珍しく額束が丸い鳥居なのです。   東京都江戸川区東葛西8-5-12
例大祭POP 中割八雲神社から獅子頭が出立つ

守護役の獅子頭'16.07.03. 子供神輿'16.07.03.
境内から担がれて渡御を守護する二頭の獅子頭 大勢の担ぎ手達に見守られて子供神輿の出立つ

鳥居脇から宮神輿の宮出'16.07.03.
狭い拝殿前から獅子頭と子供神輿に続いて鳥居脇から威勢よく宮神輿の宮出しです

渡御の差し上げでご挨拶'16.07.03.
神社近くの氏子総代宅前での例大祭渡御の差し上げでご挨拶

担ぎ手達400名の応援'16.07.03.
多くの友好同好会の担ぎ手達400名の応援でも見事に統卒がとれた渡御です

威勢良い掛け声渡御'16.07.03.
休息所の中割天祖神社の手前の介護支援センター前での威勢良い掛け声渡御のご披露

中割天祖へご挨拶'16.07.03.
平成元年に東葛西より移転してきた中割天祖神社に渡御のご挨拶

中割天祖富士塚'16.07.03.   天祖神社は慶安2年(1649)創建。 明治5年に中割天祖神社と改称して区画整理に伴い平成元年に東葛西9-5より当地(東葛西7-17)へ移転し社殿も新築した。

天祖神社の富士塚は旧東宇喜田村の丸葛葛西講中によって、昭和初期に築造され昭和5年(1930)の紀年碑がある。
昭和63年(1988)天祖神社の移転にともなって現在地へ移築復元(平成元年3月竣工)された。
  江戸川区登録有形民俗文化財です。
 
中割天祖神社の富士塚

雄の獅子頭'16.07.03. 雌の獅子頭'16.07.03.
仲町の奉賛者宅から御礼訪問済ませた雄獅子頭 続いて御礼訪問済ませた雌獅子頭 二頭とも重そう

お囃子山車と大団扇に鼓舞され'16.07.03.
ミニバス路線を7丁目へとお囃子山車と大団扇に鼓舞されて渡御の中割八雲神社

東葛西7丁目交差点'16.07.03.
ミニバス路線から東葛西7丁目交差点の一代ラーメン店舗脇の休息所へ

東葛西7丁目休息所'16.07.03.
東葛西7丁目総代役員宅前の休息所で歓喜の雄叫びを上げる

江戸川は古くは「太日川(ふとひがわ)」と呼ばれ上流は渡良瀬川だったが付け替えで「利根川」となり、世俗坂東太郎≠ニ呼ばれる。
江戸初期、利根川を鬼怒川・常陸川に付け替えて銚子に流し(現在の流路)、 新たに運河を掘って旧利根川(太日川)に繋いで分流にし、東北や北関東の物資を江戸へ運ぶ運輸ルートとなり、「江戸へ至る川」 の「江戸川」と俗称され、明治以後に正式名称となった。
 


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