歴史の浪漫街道  お江戸の神輿 全員ずぶ濡れのゲリラ豪雨に再三遭いながらも怯むことなく渡御する小菅神社
伝承と伝統の民族文化遺産


祭りだ!神輿だ! お江戸の神輿


    小菅神社例大祭 平成24年9月 (順延・3年毎)

神輿データ: 祭神: 天照皇大御神 台座:三尺五寸(107) 建造年度: 明治2年 製作者:不明
      特記: 一之宮 : 延軒屋根 四方桟唐戸 平屋台造りの古神輿です。
 

豪雨に遭遇しても都道308号線を渡御。'12.09.02.
都道308号線の南綾瀬小学校前を神輿も担ぎ手も豪雨でずぶ濡れをものともせず渡御

背後に暗雲が迫る。'12.09.02. 神社高張り提灯。'12.09.02. 背に十六一重菊紋。'12.09.02.   小菅神社例大祭
'12.09.02.(日曜)
宮出し8時〜宮入16時
突然のゲリラ豪雨にも怯むことなく渡御する。
東京都葛飾区小菅3-1。
雨に濡れたPOP 小菅神社高張り提灯 小菅神社の十六一重菊紋

小菅神社は、明治2年(1869)に小菅県が設置された際 庁内(現東京拘置所内)に伊勢の皇大神宮を勧請し、県下356ヵ町村の守護神としたことに始まる。
庁内に勧請された小菅神社は、 その後小菅村の鎮守であった田中稲荷神社の境内に移され合祀、小菅神社となりました。 祭神は天照皇大神。
 

小菅の住宅街を渡御。'12.09.02. 小神輿とお囃子が宮神輿を先導。'12.09.02.
雨が通り過ぎた住宅街の路地中を威勢よく担ぐ 賑やかな祭礼の一団が平和橋通りを横断

宮出しから東進して都道308号線を小菅3丁目、2丁目、南綾瀬小学校、 堀切5丁目コンビニセブンイレブンから平和橋通りを横断して、昼食休息のため大正10年創業のミヨシ油脂構内へ。
宮出しから東京拘置所官舎自治会の多くの担ぎ手が参加です。
明治2年に開設した小菅県庁→煉瓦工場→小菅監獄→小菅刑務所→東京拘置所と名称変更したが、小菅神社の発祥の地だからです。
 

小菅から堀切の住宅街を威勢よく渡御。'12.09.02.
平和橋通りを横断して小菅2丁目を多くの担ぎ手と共に威勢よく渡御してくる宮神輿

神輿揉み繰り返し渡御。'12.09.02. 休息所近しと気合の担ぎ。'12.09.02.
堀切4丁目住宅街を威勢よく渡御 ミヨシ油脂工場正門を目指し渡御

ミヨシ油脂工場構内に入り込む。'12.09.02.
昼食休憩のためにミヨシ油脂工場構内に入り込む宮神輿

広い構内の隅で木が入る。'12.09.02. 休息中に午後の発進地にトラック転送。'12.09.02.
昼食休息のためミヨシ油脂構内で木が入る 神輿をトラックに載せて新水戸橋まで移送

午後はミヨシ油脂より神輿はトラック移送されて、 新水戸橋から西小菅、東京拘置所へと渡御して、 松原通りから旧水戸街道、水戸橋より宮入です。  

小菅地名の由来: 菅は「かや」であり、昔この辺一帯は古隅田川に面し、蘆、茅などが多く密生していたところから、 この名が生じたのではないかと思われる。
また元は千葉袋(ちばぶくろ=もとの上千葉町)と呼ばれる地域の一部で、 千葉氏の大須賀一族が移り住み、小菅氏が治めた事がいわれとされるが?。
 


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